三島小学校120周年


三島小学校正門


三島小学校120周年記念
三島小学校のルーツを訪ねて


三島小学校は、明治16年(1883年)2月20日、太田村にあった第8大区2小区第4番小学校と西河原村にあった同第5番小学校が合併してできたそうです。
三島小学校のルーツとも言うべきそれらの場所を訪ねてみました。


【第8大区2小区第4小学校】

「1875年(明治8年)2月、太田村安楽寺を借入れ下等(6才〜10才)、上等(10才〜14才)の小学校を設置し、これを第8大区2小区第4小学校といった。」

三島小学校の正門の前の道を北へまっすぐ行くと、
太田バス停付近にこんな案内が立っています。
 
これを左に曲がりしばらく行くと安楽寺が見えてきます。
(右の生け垣のある建物)


正面に回ると、こんなお寺です。
「安楽寺」
安楽寺

120年より前は、このお寺を借りて勉強していた子どもたちもいたのですね。



【第8大区2小区第5番小学校】

「1875年(明治8年)10月、西河原村384番地の共有米蔵を修繕し、仮校舎として、これを第8大区2小区第5番小学校といった。」

当時の様子を描いた絵があります。
西河原学校 中央の建物が校舎で、教室の前の広場は校庭だそうです。
右奥に見えているのは元役場で、教官室があったそうです。
校舎の左奥にある階段のついた建物は薬師堂です。


現在この場所は「西河原公民館」になっています。
薬師堂は今もそのまま残っています。
西河原公民館    薬師堂
西河原公民館    薬師堂


そして・・・

   1883年(明治16年)2月20日   

この二校を合併して初等(3年)、中等(3年)、高等科(2年)を設置し、三島小学校ができました。
その時は、今の場所ではなく、西河原学校の所在地にあったそうです。


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