校舎の移り変わり
新築・移転
1883年(明治16年)2月20日、誕生した三島小学校は、1901年(明治34年)4月25日、
大字西河原小字馬場先175番地他数筆を校地とし、新築移転しました。
1977年(昭和52年)2月7日に、1912年(明治45年)入学・1918年(大正7年)3月卒業の三島小学校卒業生とおっしゃる方から匿名で
当時の校長先生に送られてきた手紙があります。
大正初期の三島小学校の様子が絵を交えて詳しく描かれています。
ぜひ、ご覧になって下さい。
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天文台のある小学校
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今は、もう、ありませんが、昭和24年に作られた学習天文台は、東海道線を走る列車の窓からも見え、1つの風物にさえなったといわれています。
毎年、七夕には、昼は天体への総合学習、夜は親子の観測や映画会と多彩な行事がおこなわれたそうです。
新聞や理科参考書にも取り上げられ、三島小学校は、天文台のある小学校としてその名をとどろかせました。
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講堂を新築
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現在は… |
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昭和8年に建てられた講堂。 入母屋造りで優雅な格好をしていました。 |
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体育館。 昭和41年完成。 |
児童数の推移
児童数もこんなに変化しました。
(人)
(創立120周年記念誌より)
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1970年(S45年)4月1日、東小学校を分離。1972年(S47年)4月1日、太田小学校を分離。1975年(S50年)4月1日、庄栄小学校を分離。
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そして今・・・
全校児童・教職員が集まって120周年の記念撮影

三島小学校が歩んだ120年。社会が大きく変わるとともに、学校も家庭も変化してきました。
それぞれの時代での真摯な取り組みの上に、今のわたし達がいます。わたし達は、今三島小学校に様々な立場でいます。児童として、教職員として、保護者として、また地域住民として・・・・・・。
120年目の節目に立ち合って、新しい三島小学校の歴史を作っていくのはわたし達です。これからの教育は、子どもを中心にして、学校・家庭・地域が協働して進めていく必要があります。今後ともご支援をよろしくお願いいたします。
(三島小通信2月号より) |
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120周年のお祝いに記念誌を作りました。
全校児童・教職員が大切な物や夢などひとことずつ書いています。
すべて、手作りです。
近々、記念写真を加工した下敷きも出来る予定です。
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なお、白黒の写真・絵はすべて三島小学校創立百周年記念誌「みしま」よりの引用です。
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