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第34回全日本中学校陸上競技選手権大会

(8/20〜23 宮城スタジアム)RESULTS


   男子3000m予選2組 文元 慧 9分06秒82 7位
   男子走り幅跳び予選1組 奥村 成生6m28(―0.4)10位
○ 女子砲丸投げ予選1組 麻野 夏生 12m55 17位


★ 20日(月)の朝7時前に伊丹空港の国内線ロビーに選手3人とともに到着する。今回指定大会で全国大会参加標準記録を突破して全国大会に参加する東雲中の選手は3種目の3人。この4年はいつもリレーメンバーの6人を引き連れていたので、ぜいたくにも何となく淋しげに感じてしまう。セキュリティーチェックを受けるための行列はかなりの混雑で、退屈した文元が「沖縄の修学旅行の時はかなりあせりましたよ。筆箱にはさみが入ってブザーが鳴ったのであわてました。」と話す。「事前学活で担任の先生がはさみは手荷物に入れないように指導していたはずだ。どうせ、居眠りして聞いていなかったんだろう」と、言い返すと「今度は大丈夫ですよ。筆箱からはさみをちゃんと抜いておきましたから。同じあやまちは2度繰り返しませんよ。」と誇らしげに文元。まもなくセキュリティーチェックのゲートを文元がくぐると思いっきりブザーが鳴る。今度は消炎剤やテーピングのテープが入った袋から、やっぱりはさみが出てきたのだ。

 そんなお笑いから始まったみちのく仙台の旅。空港を降りて電車に乗ってドア付近に立っていて電車が停車すると「すいません。ボタンを押してください」と他の乗客の声。仙台では夏・冬にかかわらず、いちいちボタンを押して電車のドアを開けるのだ。いろいろなことを見聞きするにつけ、日本はやっぱり狭いようで広い!と感じたものでした。また、大会会場となった宮城スタジアムは2002年サッカーワールドカップで日本vsトルコ戦が行われた大スタジアム。伊達政宗公の兜(かぶと)をモチーフにデザインされた大きな屋根も壮観で、ピッチに立っただけで身震いする思いになったものです。

★ 大会初日3時25分。大阪に比べると、さすがに仙台は涼しいのだが、直射日光を浴びるとかなり暑さを感じるコンディションである。文元が出場する男子3000m予選2組のスタートの号砲が鳴った。24人の選手がインとアウトに分かれたグループスタートできれいな飛び出しを見せる。

 前日の練習で文元は1000mの刺激走を2分51秒で走っている。8月上旬の近畿大会以降、涼しい鉢伏合宿で調整練習をすることができたこともあり、調子はいいと判断していた。ところが、ホームストレートに入ってグループが合流する100m過ぎの地点で文元は最後尾を走っている。文元の200mの通過は33秒。それでも最後尾。信じられないハイペースである。(200m36秒のペースで9分ちょうど。最後尾の文元でさえ、8分15秒のペースで入っていることになる。)調子がいいはずの文元が、このハイペースに面くらった。どうしても集団の好位置をキープしたいという思いが先行して、余分な力が入って無理にスピードをあげてしまうのだ。「極端なハイペースになるか、ひょっとしたらスローペースになることもありうる。

 いずれにしろ、自分のリズムで走ること。」という指示ではあったが、全国の初舞台である。彼の心情は十分に理解できる。今大会3000mにエントリーされた選手は123人。その選手が予選5組に分かれ各組の3着までと4着以降のタイム上位5名までが翌日の決勝に進出できるのだ。ラストの切れ味に自信がある者、中盤のハイペースに自信がある者、それぞれの思惑(おもわく)が複雑に交錯(こうさく)し、ハイペースの中でも小刻みなスピードのアップダウン続く。そうなると、通過タイム以上のダメージが選手の体にしみこんでいくのだ。

 文元の2000mの通過は6分01秒あたり。文元の自己記録に近いハイペースである。先頭集団を何とか射程圏内にいれる。後方では、序盤のハイペースでつぶされてしまった選手があえぎながらどんどんと離れていく。文元も疲労困憊のはずであるが、キリッとした輝く目で先頭を追いかけているようすがこちらにも熱く伝わってくる。

 ラスト1周の鐘が鳴ると、さらに先頭集団のペースがあがる。文元も必死で食らいつくが、その差はどんどんと広がっていく。いくら懸命に手足を動かしても、薄れていく視界の中で先頭集団の背中が小さくなっていく・・・。そんな時の文元の気持ちはどんなだろう。それでも魂のこもった走りで最後の直線を必死で駆け抜けてフィニッシュ。文元はすぐに倒れこんだ。9分06秒82.その組の7着で、先の1組の結果と併せると、文元の予選敗退が決まった。

 「全国の大舞台でよく健闘したよ。」と、レース後に文元に声をかけた。いくつかのアドバイスを黙って聞いていた文元は、次の日になるまでほとんど口を聞かなかった。こんなにもおとなしい文元を初めて見た。

★ 大会3日目。朝の9時30分に奥村の男子走り幅跳びの予選が、9時40分に麻野の女子走り幅跳びの予選が開始される。朝の4時半に選手を起床させて、5時過ぎには宿舎を出て散歩。ついでにコンビニでその日の昼食やドリンクを購入。6時前に朝食会場にとびこんで、すぐにチェックアウト。6時30分の競技場行きのシャトルバスに乗りこむ。7時過ぎに競技場着。ここから午後の決勝進出に向けての戦いが始まるのだ。

 2人の顧問が投擲練習場とサブトラックのウォーミングアップ場に分かれて、アップを開始。フィールド種目の場合は、その種目のピットでいかに本番に近いイメージで練習をさせるかということにこだわるものである。ピットにはその種目に出場する選手が集結することになる。自分こそが勝者であると鼓舞(こぶ)するがごとく、どの選手にも存在感がある。まわりの選手がすべて強く見えてしまう瞬間である。そこで、自分を見失わないように指導者は客観的に、そして適切に指示を与える必要があるのだ。

 アップが終わって、選手を招集場所に送りこむ。全国大会の選手招集所には、いつも独特の雰囲気がある。重圧に押しつぶされそうになっても、誰も助けてはくれない。不安がないと言えば嘘になる。それでも自分の夢に真っ向から勝負することに一点の曇りもない選手を見ているととても魅力的に思う。大人顔負けの中学生である。


 男子走り幅跳び予選1組。予選通過記録は6m70。この記録の突破者が12人に満たない場合は、この通過記録が下がっていくことになる。例年のようすでは、6m50台くらいまで下がっている。これまでに実測では6m80近く跳んでいる奥村にも十分チャンスがある。そのためには、1本目に集中したい。1本目がファウルになるのか、6m50くらい跳ぶのか大きな違いである。

 その組の第3跳躍者が奥村。ナンバーがコールされると、奥村は深く息をして気持ちを鎮める。意を決したように右手をあげて、助走を始める。力強く板を踏み切るがわずかにファウル。6m50くらいの跳躍に見えた。スタンドで大きなため息。奥村は1年、2年と秋のジュニアオリンピックに出場している。全国の大舞台の修羅場を経験している選手であるので2回目の彼の跳躍に期待することとなった。

 続く2回目。スピードの乗った助走から踏み切るが少しタイミングがずれて、6m22の記録となった。失敗跳躍である。しかし、記録が残ったことに大きな勇気をもらったと気を取りなおす。ここに来て助走スピードが乗ってきたので、ファウルをする可能性があると判断してマークを20pほど後ろに下げる指示を出す。彼のいい時の助走は股関節をいっぱい使ってどんどん乗りこんでいく走りになる。この時の跳躍は中学生ばなれした跳躍を見せるのだ。

 期待がふくらむ3回目。長い手足が躍動してぐんぐんスピードに乗って大地を力強く踏み切り、体が大きく浮き上がった。しかし、何たることか踏み切り板の手前で踏み切ったために、6m28の平凡な記録に終わってしまった。実測では予選通過ができたくらいの跳躍であった。奥村の予選敗退が決まった。

 女子砲丸投げ予選1組。こちらの方の予選通過記録は13m70とかなり高い。麻野のベスト記録は12m98。実質13mを越える力を持っているが、これまで13m50をイメージして練習してきた。この種目も予選通過記録が下がる可能性があるのでチャンスありと考えた。やはり、1本目の投擲に集中したい。スタンドから公式練習を見ていると、しっかり砲丸を押すことができている。(公式練習の時は右足が出てファウルしてもいいから、しっかり押すことを指示していた。)好調である。

 1本目。力強く放たれた鉄球が大きな弧を描いて地面に落ちた。12m55.全国大会参加標準記録を上回るまずまずの記録である。麻野は自分の投擲順を待つ間にテントの中で腰をおろしたり、ストレッチをしたりしていた。他の選手もフィールドの芝生の中でダッシュやシャドーを繰り返している。

 続く2回目。サークルの中で仁王立ちになった麻野は13mを超えるあたりを見つめると、意を決したように後方に視線を向ける。サークルの一番後方のぎりぎりのところに自分の右足の位置を丹念に決めると大きく体を沈める。グライド姿勢から鉄球が放たれる時に「行けぇ!」と叫んでしまった。記録は12m54。悪くないが、もっと強く最後まで押し切ることができるはずだ。スタンドにいる自分はただ祈ることしかできないが、重圧や緊張感を共有している自分がいることがわかる。

 胸がしめつけられる思いで見つめる3回目。ファウルを覚悟で思いっきり押し切るような攻めの投擲をしたい。ところが緊張のせいか右足に体重が残ったままの萎縮(いしゅく)した投擲になってしまい11m88の記録で、あっけなく予選敗退が決まった。競技が終わってから麻野に「なぜ3回目の投擲で攻めなかったのか。ファウルしても押し切るべきだった。」と声をかけると、彼女のきれいな瞳から涙がぽたぽたと落ちた。もちろん悔しかったのでしょう。でも、この涙で彼女は今まで経験したことのない緊張感からやっと解放されたのかもしれないなと感じた。

   全国大会に参加していつも思うことがある。中学生ばなれした驚異のパフォーマンスを見せる選手でも、ひとたび競技が終わるとあどけなさの残るどこにでもいる中学生の表情なのである。そして、謙虚で礼儀正しいのだ。体を鍛えることによって記録は向上するものであるが、体を動かすのは心です。本当に大切なのは心なのだという思いをあらためて強くしたものです。今年も全国の大舞台で勝負できたことに感謝の気持ちでいっぱいになりました。思うに東雲中陸上部はまだまだ発展途上で、課題もたくさんあります。そんな課題に不器用ながらも真正面からぶつかり、多くの部員と泣き笑いをともにしながら夢に向かって精進していきたいと思っています。

今後とも、よろしくご指導お願いいたします。

PS。 世界陸上の審判の関係で全国大会の報告が大変遅くなりましたことをお詫びします。