全国大会出場に際して、

たくさんのご支援、ご声援ありがとうございました!!

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第35回全日本中学校陸上競技選手権大会

(8/18〜21 新潟東北電力ビッグスワンスタジアム)RESULTS

○ 女子100m予選13組 久貝 瞳 12秒68(+0.7)3着

○ 女子200m予選 7組 久貝 瞳 26秒36(+2.0)4着

      今年の中学生アスリートの夢舞台は東北電力ビッグスワンスタジアム。2002年サッカーワールドカップの会場にもなったこの巨大なスタジアムは、鶴が羽を広げたイメージの屋根にスタンドがおおわれている。競技前日に調整練習のために現地入りしたのは昼過ぎ。久貝と立石の2人は、このスタジアムを見ただけで歓声をあげた。やや薄暗い通路を駆け足で抜けると、目の前に見上げるような高いスタンドときれいなトラックとフィールドが広がった。スタンドが大きくて、400mのトラックがとても小さく見える。2階スタンドには、全国から集結した学校の横断幕がところ狭しと誇らしげに飾られていた。久貝は1年生の時にジュニアオリンピックに出場、横浜の8万人収容の日産スタジアムで走っているが、苦労して手に入れた全国の切符。きっと、今回のビッグスワンの光景も強く目に焼きつくことでしょう。自分自身も、今年もまた全国の舞台に立てたことに感謝の気持ちでいっぱいになったものです。     大会2日目。5時に起床。天気予報どおりに雨が降っている。7時すぎにホテルを出発するころには激しい雨となった。競技場に着くころには、雷も鳴り出した。大雨洪水警報が出ているという。横殴りの雨の中、必死に大会の準備をすすめる審判や補助員のきびきびとした動きに目を見張った。タクシーが競技場の駐車場に入る時も、雨にうたれながら車を誘導する係の人も輝いて見えた。みんなこの悪条件の中でも、自分の与えられた仕事を誇らしげに堂々とやりきっている。たくさんの人がこの新潟大会を成功させようとがんばっているのだ。それだけで、胸の中が熱くなった。正直、心の中で「せっかく全国大会に来たのだから、いい条件の中で走らせてやりたかった。」という気持ちがなかったわけではない。対して久貝は大雨であることに何も愚痴を漏らさないし、弱気にもならない。今まで教えてきたように、悪条件のときには、「もっと風よ吹け!雨よ強く降れ!!」と念じているように見てとれた。目の前の勝負に集中することはトップアスリートの鉄則である。ウオームアップをする雨天練習場は狭く感じたが、もうすでに戦いは始まっている。アップをする選手はみんなきびきびと集中した表情で、とても中学生には見えない。久貝も負けてはいない。スタートダッシュをする久貝の表情や動きも、他の選手に遜色(そんしょく)なく、その中でも輝いて見えた。彼女のスタートダッシュの技術は、日本の中学生のトップクラスであることを再認識したのである。

9時50分。女子200m予選。全部で12組あり、各組の1着とそれ以外の記録上位者10名が準決勝に進出できる。久貝は7組4レーンに登場。この頃には雨が小やみになり、追い風が吹いている。陸上の神様の粋(いき)な演出に感謝した。ピストルが鳴ると、フライングに見えるくらいに久貝は好スタートでとび出した。曲走路をすべるようにぐいぐいと前に出る。カーブの出口では、ほぼトップで久貝が通過。そこから、猛烈な追いこみが始まった。それでも久貝も失速することなく粘りの走りを見せたが、フィニッシュライン手前で3人の選手にかわされ4着でフィニッシュ。記録は26秒36.この組の1着は25秒93.久貝のこれまでのベスト記録を25秒73.準決勝進出の力はあるが、全国の大舞台で強豪と競り合いながらベストの記録を出すというのは至難である。久貝の予選敗退が決まった。

   今年の大阪の女子短距離のレベルは史上最高レベルである。何と全国大会には大阪から5人の選手が出場している。先の近畿大会では大阪の3人の選手が3位までを独占するレベルの高さであったが、全国では4人の選手が予選敗退。準決勝敗退がひとりとなった。今年の全国のレベルは異常に高く、準決勝通過の8番目の記録は25秒22であった。インターハイと変わらないレベルの高さに、競技場全体からため息にも似た驚嘆の声があがった。

      大会3日目。天気は曇りがちであったが、おおむね晴れ。昨日の雪辱に燃える久貝であった。アップ場となるサブトラックでの動きも彼女の名前のとおりに、瞳はきらきらと輝いていた。「中学生アスリートの一番の目標は、夏の全国大会。この大会の勝者が真の日本チャンピオンになるのだ。この3年間は決して順風満帆ではなかったけど、念願かなってやっとこの夢舞台に立てたことに感謝の気持ちを持って全力を尽くせ!この3年間の集大成の走りになるように。」と言って、選手招集所に送り出した。彼女は力強く「はい!」と返事をして薄暗い招集所に消えていった。

10時00分。女子100m予選。全部で14組あり、各組1着とそれ以外のタイム上位者10名が準決勝に進出できる。これまた、きびしい条件である。13組8レーンに久貝。隣の9レーンには埼玉栄の角名選手。実は久貝はこの選手に深い縁があるのだ。今から2年前。久貝がジュニアオリンピックの1年生クラスの100mで7位入賞したときの8位の選手がこの角名選手。この新潟で「私のこと覚えている?」「覚えてんで!」と関東弁と大阪弁で再会を喜ぶ2人。昨日の200mでも同じ組、そして今日の100mも同じ組。2人がインターハイや国体で再会する日を、他人事ながら楽しみにしている。「位置について」選手がスターティングブロックに腰をおろす姿が、競技場の大型映像に映し出される。ピストルが鳴ると、久貝がジャストミートで低い姿勢でとび出す。見事な加速で50m付近までは接戦ながらほぼトップで通過。そこから4レーンの選手が伸びてトップでゴール。2着の選手と僅差で3着でフィニッシュ。記録は12秒68.彼女のこれまのベスト記録は12秒49であるが、公認記録としては自己のセカンド記録タイとなる。「準決勝進出には微妙だけど、決して悪くない。この大舞台で中味のあるいいレースができたやんな。」隣で記録をとる立石も力強くうなずいた。

 大阪のベンチに帰ると、久貝がこちらを見つけると走りよってきた。「どうでした?」「とてもいいレースだったよ。」「でも準決勝(進出)はきびしいかもしれない。」と言うと、むずかしい顔になった。そうこうしているうちに100m準決勝進出のプラスの選手が発表された。「12秒67までが準決勝進出!?」と大声で叫んでしまった。何と100分の1秒差で準決勝進出を逃したのだ。今度は久貝の顔が明らかに悔しい表情になった。気を落ち着かせるのに多少の時間はかかったかも知れないが、久貝の涙を直接見ることはなかった。ベストを尽くしてやりきったことの安堵感と、秋のジュニアオリンピック出場という次なる目標がきっと心の中で大きく広がったからでしょう。

     「いったい中学生はどこまで強くなるの?」と何度も口にした全国大会でした。男子400mで49秒台で走っても決勝に残れなかったり、男子リレーは43秒台、女子リレーでは48秒台の記録が予選から何度も表示されるのだ。大会新記録が3つも生まれた大会であったが、その興奮の頂点に立ったのが、100mハードルに出場した大阪の住吉一中の上田繭選手。予選から13秒台の走りで大会新記録をたたき出した。この種目の日本中学記録は「イケクミ」こと、北京オリンピック走り幅跳び日本代表の池田久美子選手が出した13秒78.上田選手は大阪大会でも向い風の中13秒80で走り、日本一とイケクミ越えが期待されていた。最終日の午前中の準決勝。他を大きく引き離しフィニッシュラインを走り抜け、ついに13秒77の日本中学新記録を樹立。鳥肌が立った。迎えた午後の決勝。「位置について」のスターターの声がかかると、見事に巨大な競技場が静まり返る。静寂な決勝を突き破る号砲が鳴ると、1台目のハードルのアプローチから他の選手を圧倒する走りで、ただひとり13秒台となる13秒93でフィニッシュ。向い風の中、大会新記録で日本一を決めたのである。狂喜乱舞(きょうきらんぶ)の大阪チーム応援団は「いいぞ!いいぞ!おおーさか!!いいぞ!いいぞ!うえーだ!!」の集団コール。そのあと、近くに陣取っていた埼玉チームの応援団が、「おめでとう!おおーさか!!」のエールと拍手が起こった。もちろん、大阪チーム応援団も大きな声で「ありがとう!さいたまー!!」のエールを返したのです。

       印象に残った競技がある。男子棒高跳び。競技初日の予選が大雨警報が出たために次の日に延期となり、出場者33名全員による一発決勝がおこなわれることになった。競技開始が10時30分。棒高跳びはバーを上げ下げするだけでなく、棒をつっこむボックスとバーをのせるスタンドとの距離を、ひとりひとりの選手の申告どおりに調整する必要があるので、普通でも時間のかかる競技である。その一発決勝の競技が終了したのが、夕方の6時過ぎ。つまり、入賞を決めた選手たちは8時間近くずっと競技していたことになる。いっさい食べ物を口にせず、突然の雷雨にもめげず、気持ちを切らさず競技に集中して、戦い抜いた選手たちの精神的なタフさはとても中学生とは思えなかった。

大会最終日のフィナーレを飾る女子4×100mリレー決勝。大阪代表となった茨木西が予選、準決勝とこの大舞台でチーム新記録を連発して決勝に登場したのである。今となってはよそのチームであるが、2003年、04年と自分も茨木西の顧問として、2度リレーのファイナルを目指して夢破れただけに、レーン紹介を受けるエメラルドグリーンのユニフォームを見た時には正直目頭が熱くなった。05年、06年と東雲でも連覇したが、これまたすべて準決勝落ちとなっただけに、「もし、東雲が決勝を走っていたら、きっと涙でかすんで、自分のチームのレースをちゃんと見ることができないだろうな。」と思ったものです。「リレーと駅伝で日本一を目指す」「もう一度日本一の選手を育てる」・・・etcという自分の夢。今大会のレベルがあまりにも高すぎたために、このときまで弱気になってその夢の輪郭がぼやけかけていたのかも知れない。このレースを見て自分が恥ずかしくなった。もう一度、気合を入れて自分の夢を力強く刻みこむことができたのだ。

      あっという間に終わった3泊4日の新潟の旅。いつものように競技場と宿舎の往復だけの4日間であったが、そこには驚嘆と感動と夢がいっぱいつまっていた。夜の8時前、伊丹空港に向かって着陸態勢に入った機内の窓で、今回付き添いマネージャーとして参加した立石が大阪の夜景に見入っていた。たくさんの宝石を散りばめたような灯りを見て、いったい彼女は何を思い、何を学んでくれたのだろう。隣の久貝は疲れているのか眠っている。走馬灯のように過ぎ去った4日間の競技を終えて、どんな夢を見ているのだろうか。いつも思うことだが、旅の終わりは新たなる旅のはじまりでもある。夢もまたしかり。ひとつの夢の終わりは、新たなる夢の始まりでもあり、夢にはいつも続きがあるものです。可能性を無限に持った中学生と泣き笑いを共にしながら、いっしょに夢に立ち向かえることのできる自分は本当に幸せ者なんだと喜びをかみしめた。

今回の全国大会出場に際して、たくさんの方から暖かいご声援、ご支援をいただきましたことに深く感謝しています。これからも陸上競技を通して豊かな心でたくましく成長できるように、顧問も生徒も精進したいと思っています。ありがとうございました。        
              
                      陸上競技部顧問一同