第36回全日本中学校陸上競技選手権

(8/21〜24 大分 九州石油ドーム)RESULTS

女子100mJH予選10組 

2719 田中 美調(大阪・東雲)15秒32(+0.9)7位

東雲に来て5年目になる。2005年は女子リレーが大阪府代表チームとして、岐阜県長良川競技場での全国大会に初出場。06年はリレーが連覇し、さらに女子200mで香川県丸亀競技場へ。07年はリレーの3連覇ならずとも、男子3000m、男子走り幅跳び、女子砲丸投げの3種目で宮城県仙台の宮城スタジアムに。08年は女子100mと女子200mで新潟県の東北電力ビッグスワンに行くことができた。そして、今年は100mJHで大分九州石油ドームにやって来ることができたのだ。自分の夢を輝かせるために陸上競技に精進できる選手と毎年のように出会えていることに、感謝の気持ちでいっぱいになる。特に今年の田中美調(みのり)は、そのがんばりと記録の伸び率は過去の選手の中でも最高で、そういう意味においては強く印象に残る選手となった。選手の持つ可能性は無限であることを、あらためて彼女が教えてくれたのだ。

 21日(金)の9時に伊丹空港に到着。飛行機に乗ったのは小さいときで、あまり記憶にないという美調は、空港で見るもの聞くものがみんな珍しいようである。セキュリティーチェックを受けるまでの空いた時間に、「(空港内を)探検しておいで!」というと、あっという間に人ごみの中に消えて行った。好奇心旺盛ないつもの美調であった。新型インフルエンザがこの時期に来てまた流行りだしたので、「選手がインフルエンザにかかったらどうしよう?」と、前日まで心配でたまらなかったので、そんな元気なようすを見るのはとても嬉しかった。大分空港に着いたときも、あずけた荷物が運ばれてくるターンテーブルを見て、「回転寿司みたい!」と天真爛漫な美調。やがて、たくさんの荷物のあいまに広告用の巨大なお皿に乗った寿司が回ってきた。互いに顔を見合わせながら笑ってしまいました。

昼の1時すぎに大分九州石油ドームに到着。この競技場は2002年ワールドカップの会場となった4万人収容の大スタジアムである。しかも、ベルリン世界陸上と同じ日本では珍しいブルートラック。さらには、開閉式の屋根がついている最新式のものである。空から見ると大きな目に見えることから通称「ビッグアイ」と呼ばれている。シャトルバスを降りて、スタジアムに向かうときは少し早足になるくらいわくわくしていた。薄暗い通路を抜けてスタジアムのトラックに足を踏み入れると、逆光線の中にひときわ映えるブルートラック。観客席がそびえたつようにでかいので、400mの走路が小さく見えた。

ハードルの選手はスタートから13mのところにある1台目のハードルまでの1歩目、2歩目、3歩目・・・・の距離を正確に体が覚えているものである。美調の場合はスタートしてから9歩で1台目のハードルを越えていくのだが、この1台目の入りが記録を大きく左右する。そのためにも、前日に競技場に入ってタータントラックの硬さや反発の具合いを知ることにはとても大きな意味がある。(大会当日になると、ウォーミングアップ場となるサブトラックでしか練習できない規定になっている。)「(ここのタータントラックは)硬いですね。」と、美調。1台目のアプローチが浮き上がってしまわないように、丹念に調整練習をした。

 大会2日目。6時過ぎに散歩に出て宿舎近くのコンビニで昼食用のパンやおにぎりなどを買いこむ。その後、同じハードルに出場するMO中のF選手と仲良く朝食をとる。彼女は昨年度ジュニアオリンピックでも活躍した実力選手である。美調にとっては雲の上の選手であったが、宿舎の部屋も同じということでとても仲良くなった。互いに「あおい!」「みのり!」と呼び合う仲で、双子のようにいつもくっついて行動しているような印象があった。(海の見える露天風呂でも大騒ぎした!?らしい。)9時前に競技場に到着する。さすがに昨日までの美調と違って、やや緊張モードになっていることが伝わってきた。ブルーシートの上で横になったり、ストレッチを繰り返したり・・・。

 これまでにも、大阪では素晴らしい記録を打ち立てていながらも、全国の強豪選手との駆け引きの中で実力を出し切れずに、肩を震わせながら悔し涙を流す選手を何人も見てきた。大阪では独走で自分の意のままにレースすることができても、この晴れやかな大舞台の中で前を走ることはほとんどなく、予選から競り合うことから始まるのだ。また、夏の指定大会のある7月ころから緊張感を持続させることも困難なことで、8月の近畿大会が終わるころには夏の酷暑も手伝って疲労が確実に残っていく。(選手は全国大会に向けての緊張感のために、この疲労に気づかないままに当日を迎えることになるのだ。)さらには、この大会でも2回目のフライングをとられて失格になった選手もいる。全国の晴れ舞台でみんないい結果を残したいと思っている。いつも思うことだが、勝者の栄光が大きければ大きいほど、敗者の落胆も大きくなるものだ。美調もそして自分も「何とか、自己記録を更新したい。」という思いは互いに強く、覚悟を決めて11時20分頃に2人でサブトラックに向かったのだ。

 今年の夏は比較的涼しい印象があったが、この日は陽射しも強く九州特有の暑さを感じた。大阪から女子5人のハードラーが全国に参戦していて、いつも互いに声を掛け合う間柄であるが、このサブトラックではそれぞれがまったく別世界でそれぞれのウォーミングアップに集中している。美調にはストレッチのあと、いくつかのスプリントドリルの動きを指示したのだが、その動きは理にかなっていて迫力があったので、今さらながら彼女の急成長ぶりに感動していた。ハードルのアプローチ練習でも丹念にスタブロをセットして、真剣な表情で取り組んでいた。どちらかと言えば言葉少なで、プレッシャーと戦っているのが伝わってくる。実は1週間前に肩で息をしてしんどそうにする場面があって、すぐに練習を取りやめ、血液検査を受けさせた。心配していた貧血でないことはわかったが、いくつかのデータから、多少疲れやすい状況であることがわかっていたので、アプローチ練習の本数も少なめに設定した。最後にいくつかの技術的アドバイスと、メンタル面の話をして、選手招集場に連れて行った。薄暗い招集場のベンチに腰をおろす美調をしばらく見つめていたが、もう何もしてやることもできない。美調の健闘を祈りながら、意を決してホームスタンドに向かった。

 12時25分。100mJH予選開始。全部で12組あり、各組の1着と2着以降のタイム上位12名、計24名が明日の準決勝に進出することになる。全国ランキングで60位くらいの美調にはきびしい数字である。予選9組が終わり、時計の針は1時10分になろうとしていた。出発係の指示で8人の選手が出てきて、スタブロをセットする。そのあと、それぞれの選手が思い思いにハードルのアプローチ練習をおこなう。本番のレース前にやっておくべき大切なことである。ところが、緊張感からか美調は1台目に入るまでのところでつまずいてバランスを崩し、ハードルを越えることができずに終わってしまった。「もう一度やりなせばいいのに・・・。」と心の中で思ったが、美調はスタートラインに立ったままである。「しんどくて、(ハードルを)跳ばないほうがいい。」と判断したのかも知れないと不安になった。競技場の大型映像と遠くに見える100mのスタート風景を何度も見比べているうちに、やがて「用意!」というスターターの低い声。ピストルが鳴ると8人の走者がいっせいに1台目のハードルに襲いかかっていく。美調の1台目のアプローチはOK。他の選手とほぼ横一線。5台目すぎくらいに少しインターバルの走りでバランスを崩す。そのすきをトップアスリートは見逃さない。9台目以降もわずかに失速しただろうか。集団の後方でフィニッシュ。速報の1着のデジタルタイマーは『14:41』を示していた。ゴール後、バックスタンドに陣取る大阪の応援団から「みのり〜。お疲れ〜!!」の大コール。美調のレース中も大きな声で「いけいけコール」を連発してくれていたのだ。美調はその声を聞くと、バックスタンドの大阪応援団に向かって頭を深々と頭を下げた。大型映像のリプレイを何度も見つめながら、レースを振り返る。やがて、正式に記録が発表された。15秒32.追い風0.9m。7位。美調の予選敗退が決まった。

 やがて大阪のベンチに美調が帰って来た。「なぜ?直前のアプローチ練習をやらなかったのだ?」「(出発係の)審判に、『もう一度(アプローチを)していいですか?』と、聞いたら『ダメ』と言われました。」と美調。「審判は1台目のハードルの手前でつまずいて、美調がハードルを跳んでいないことに気づいていないはずだ。そんなこと聞かんでいいから、平然と(アプローチ練習を)やればよかったのだ。」と指摘すると、美調は大粒の涙を流して泣き出した。彼女はやっと極度の緊張感から解放されたのだとその時に思った。

 今年の全国大会のレベルの高さにびっくりしている。美調が出場した100mJHでは、ひと昔前なら入賞記録に相当する14秒64でも予選落ち。(大阪の5人のハードル娘は全員が予選落ちの結果となった。)女子100mでも。もはや11秒台で勝つのが当たり前の時代になってしまった。女子800mの決勝の優勝記録はインターハイの優勝記録を上回っている。結局、この大会で日本中学新記録が5種目。大会新記録が10種目と史上空前のハイレベルとなった。いったい中学生はどこまで強くなるんだ!?決勝レースを見るたびに、大きなため息をついてしまうほどでした。

 感動もいっぱいの大会となりました。埼玉県の朝霞一中の47秒30の中学日本新記録での優勝は、世界陸上のボルト選手の世界新記録くらいの衝撃が自分にはありました。今回、走り高跳びで1m70の同記録ながら2位に敗れた大阪MT中学校のT選手。1m60にも満たない身長でありながら、中学生らしく明るくさわやかに果敢に挑む姿がとても素晴らしかった。圧巻は自分の跳躍順になってピットに立った時。メジャーリーガーのイチロー選手がバッターボックスに入るときのように、自分の集中モードを高めるための動きがあって、毎回儀式のように寸分の狂いもなく行われるのだ。真剣な表情でバーを見つめ、手を動かしながらイメージを高める。ユニフォームのすそで必ず汗を吹き、そのあとニコリと(わざと)笑う。自分の頬(ほお)を両手でさわって、頬の緊張が解放されていることを確かめ、またバーを見つめる。もう一度、自分を鼓舞(こぶ)するかのようにわずかに笑うと、片手を空高くあげ「跳びまーす」大きな声が競技場に響き渡ると、Tを応援する観客から「はーい」というさらに大きな声がこだまする。大型映像がその一連の動きをアップで映し出し、競技場全体が彼女を見つめるかたちとなるのだ。その集中力の凄さはとても中学生には思えないくらいでした。「絶対、日本一になる。」と信じて戦った彼女の夢はほんのわずかの差で、実現しなかった。表彰式でもこらえきれずに涙を流していたが、勝者を讃える表彰式で自分の感情のままに泣いてしまうことを彼女はよしとしなかったのでしょう。まっすぐ前を見て歯を食いしばるのだが、それでも涙をおさえることができなかった。そんな彼女の純真さを見て、こちらがもらい泣きをしてしまうくらいでした。表彰式のあと、彼女は大きな荷物を抱えて競技場を後にした。明日から鳥取で大阪府代表選手による国体合宿が始まるのだ。この悔しさをバネにして、秋の国体やジュニアオリンピックで彼女の夢が輝くことを祈った。

 「自分が思っていた以上に全国大会は素晴らしかった。」と美調。この3泊4日の旅で多くのことを学んだのでしょう。帰路につく大分空港のロビーで、ひとまわり大きくなった美調の姿を見て頼もしく思った。「ジュニアオリンピックにも行きたい。」彼女の夢がまたひとつ大きくなった。ひとつの夢を実現するたびに、その感動が起爆剤となってらせん状にどんどん夢が大きくなっていく。1年生のときのハードルの記録が23秒台。そんな選手が2年あまりで14秒台で走って全国大会にやってきた。今度はどんなストーリーが展開するのだろうか。「実調物語第2章」を今から楽しみにしている。