第41回ジュニアオリンピック陸上大会

(10/22〜24 横浜日産スタジアム)RESULTS

○ Bクラス 男子 走り幅跳び 決勝

大川 亮 6m07(−0.5) 17位

○ Bクラス 女子 100mJH 

岡田 萌 予選  15秒32(−0.3)2着

     準決勝 14秒93(−1.1)3着

         9番目の記録で、準決勝敗退

 「第41回ジュニアオリンピック陸上競技大会」のプログラム表紙には「中学生アスリートの祭典」と書かれている。日本一の大きさと設備を誇る大スタジアム。準決勝以降は軽快な音楽のリズムに乗って、「リアルリザルツ(正式記録の速報版)」が次々と発表され、臨場感たっぷりの演出も心憎い。第94回日本陸上競技選手権リレー大会も併催されているので、日本のトップスプリンターたちの動きをサブトラックで間近に見ることができる。さらには、音楽が流れるだけで、目頭が熱くなってしまうような感動的な表彰セレモニー。プレゼンターはこの大会から巣立った日本のトップアスリートがつとめる。まさに夢の祭典である。

今年も大会新記録が6種目と、驚異的な記録が出るたびにため息をつく。中学2年男子の走り幅跳びが7m00、中学3年女子の走り高跳びが1m73・・・etc。日本選手権で入賞してしまうくらいの記録が目白押しで、近年の中学生アスリートのレベルアップはめざましい。

 大会最終日。5時30分に起床。6時前にホテルの朝食バイキングの会場に滑りこんで、6時30分にはホテルを出て7時前には競技場のサブトラックへ。大阪の女子選抜リレーのアップの指示をする。この日を迎えるまでは、バトンワークがバラバラで、どうやってバトンをつなげばいいか混乱することもあったが、何回か練習を重ねるうちに、やっとリレーチームになったと実感した。バトンフロートを見ても、他のチームよりも確かな技術であるように感じた。各都道府県代表の47チーム、さらには男子リレーチームのアップも重なって、計94チームが郷土の誇りをかけて、ひしめき合うように気合いの入ったバトンパスの練習を繰り広げる。いつもの光景ではあるが、まるで戦場にいるような戦いがこのサブトラックですでに始まっているのだ。

 9時30分。ABC女子共通4×100mR予選。3組3レーンに大阪チームが登場。スタート前から大阪ベンチの大声援で盛り上がる。ピストルが鳴ると、またもや大声援。いくつかの修正点があるものの、無難にバトンをつないで3着でフィニッシュ。準決勝進出を確信しつつ、正式発表を待たずにすぐに今度は岡田萌を連れてサブトラックへ。そして、坂田先生も大川を連れてサブトラックへ。分刻みの忙しさである。

2人とも緊張感を集中力にかえて、きびしい表情でアップを始める。このときに、大阪が48秒84の好タイムで準決勝進出が決定したことの情報が入る。全体で10番目の記録で決勝進出の可能性あることを知り、身が引き締まる思いになった。やがて、サブトラックのバックストレートでは女子のハードルの選手が集まり、顧問と選手が技術を確認しながらアプローチ練習を繰り返す。ホームストレートの砂場付近でも、種目は違うがまったく同じ光景が繰り返されている。

11時過ぎに萌を選手招集場に送り出して、すぐにまたサブトラックへ。今度は大阪リレーチームの準決勝に向けてのアップが始まるのだ。予選のバトンパスの様子をていねいに聞き取り、準決勝に向けてのアップの指示と修正点の確認。11時25分頃、走って競技場のメインスタンドへ。日産スタジアムの競技場とサブトラックの距離は遠い!歩くと7分くらいかかってしまう。このときばかりは、5階分のらせん階段の長さを恨んだものです!?

 11時25分。Bクラス女子100mJH予選開始。4組9レーンに萌が登場。「ジュニアオリンピックの借りはジュニアオリンピックでしか返せない」昨年のこの大会で表彰台を狙える持ち記録ながら、大会前の新型インフルエンザの感染のために体調不良。9〜10台目でまさかの5歩になり、あえなく予選敗退をしている。彼女のベスト記録は14秒72.今年も持ちタイム的には表彰台を狙える位置にある。直前のアプローチ練習でも技術的な問題点はなかった。

号砲一発。8人の選手がきれいに飛び出したと思ったとたん、萌の動きを見て息が止まった。アプローチの足が合わずに10歩(いつもは8歩)になってしまって、飛び上がるように1台目のハードルを越えてしまったのだ。大きく出遅れる萌。そこからは開き直ったのか、ぐんぐん前に出る。8番から一気に7人を抜いて2着でフィニッシュ。15秒32の記録で、とりあえず準決勝進出を決めた。

すぐにサブトラックへ駆け足。11時45分に第1走者と第2走者のバトン練習をやることになっていたからだ。選手たちは時間どおりに第2コーナーに移動していた。自分が到着したとたんに、1走の選手が右手を上げて「6レーン、行きま〜す!」と大きな声で合図を送ると全速力で走り抜けた。2走の選手も加速よくスタートを切るときれいにバトンが渡る。OKである。いくつかのアドバイスを送りながら、またまた選手招集場へ移動し、最後は競技場メインスタンドの大阪ベンチに戻ることとなった。

12時00分。Bクラス男子走り幅跳び決勝。予定の公式練習が終わって、いよいよ競技が開始された。この競技はバックスタンド前の走り幅跳びピットでおこなわれているために、メインスタンドに陣取る大阪ベンチからは遠くて見えにくい。大川は2組Gピットで最終跳躍者の24番目。リレーの準決勝が迫っていることもあり、身動きもできずに目を凝らして何度も見つめる。12時30分過ぎ頃に、見覚えのある動きが目に入り、力強く踏み切る大川の跳躍を確認することができた。審判の旗は白。その10数秒後に速報の電気掲示版に『770 5:84』の文字が映し出される。(770番は大川のゼッケン番号)5m84。追い風0.2m。正直、ほっとした。平凡な記録ではあるが、大きな試合になればなるほど1回目に記録を残すことはとても大事なことである。1回目にファウルすると、あと残された跳躍で結果を出さなければならないという心理的なプレッシャーを受けることになるからだ。

12時20分。ABC女子共通4×100mR準決勝。3組あって各組の2着までと、3着以降の記録上位2チームが決勝進出となる。昨年度の大阪チームは準決勝で48秒71の好記録でその組の3着に入り、記録的には8番目でありながら決勝進出を逃している。しかも7番目のチームとは100分の1秒差という不運で涙したのである。

3組6レーンに大阪チームが登場。一瞬の静寂のあと、大声援の中8人の第1走者が夢のファイナリストを目指して走り出す。第2走者、第3走者へとバトンが渡っても上位5チームほどが競り合っている。もちろん、大阪のユニフォームも上位争いに加わっている。アンカーへのバトンパス。ホームストレートを風のように駆け抜けてフィニッシュラインへなだれこむ。3着か4着か・・・・。リアルリザルツが発表されて頭を抱えた。大阪は3着と100分の1秒差の4着、48秒53。素晴らしい記録である。ところが、今年もまた組に恵まれずに、準決勝全体で8番目の記録でありながら決勝進出を逃す結果となってしまったのだ。

 落ちこんでいる暇はない。大川の2回目の跳躍も見られないが、すぐにサブトラックへ駆け足で移動した。長いらせん階段を足早に降りていく。リレーの準決勝中に、萌はひとりで準決勝に向けてのアップを開始しているのだ。アップの内容は指示済みであるが、少しでもアプローチ練習を見て声をかけてやりたかったのだ。サブトラックの入り口で、係員にあわただしくI Dカードを見せて大阪のシートの方に向かうと、萌はすでにアプローチ練習を終えてシートの上で座っていた。自分の選手を少し不憫(ふびん)に感じたが、これも自立して強くなるために必要なことだと割り切って、笑顔で萌に声をかけた。

13時過ぎにサブトラックを出て、選手招集場へと萌を送り出した。その萌と入れ替わるように、大阪のベンチコートを着たリレーメンバーが泣きながら帰って来た。勝負はいつも冷酷である。二言三言(ふたことみこと)声をかけながら、メインスタンドの大阪ベンチに戻ったのである。

 13時35分。B女子100mJH準決勝1組。高らかにファンファーレが鳴って、アナウンサーが勇ましくレーン紹介をする。「7レーン。806番、岡田萌さん。大阪。大阪東雲中!」とアナウンスすると、競技場の大型映像に萌の顔が大きく映し出される。緊張した表情である。大阪ベンチから大きな拍手と歓声。「もえ〜!」の大コール。「位置について」のスターターの乾いた声に場内が静まりかえる。

モニターに映る画像と、スタート付近を交互に見比べる。日本ファイナリストの夢に向かってピストルが鳴る。注目の1台目のアプローチ。無難にまとめた。「よっしゃ!」と心の中で叫んだ。そこからは接戦となる。3着でフィニッシュ。祈るようにリアルリザルツの画面を見つめた。萌は14秒93で3着。2着とは100分の2秒差。向かい風1.1m。こうなると、2組以降の3着以下のタイムが気になって仕方ない。2組の3着は14秒94.心の中で小さくガッツポーズ。

続く3組。見た目にも接戦であった。こんなときの不安が得てして的中するもので、3着14秒75、4着14秒88。萌の準決勝敗退が決まった。その差は100分の2秒差。2組と3組だけが追い風になる不運もあったが、これも陸上競技のルール。どんな条件でも堂々と決勝進出を果たすことができなければ、日本一にはなれやしない。

萌が肩を落として泣きながら大阪ベンチに帰ってきたときは、大阪女子リレーチームのミーティングの真っ最中であった。すぐにでも声をかけてやりたかったが、今は女子リレーチームの監督という立場が優先となる。

 競技を終えた大川がさばさばとした表情で結果報告に来た。6m07。向かい風0.5mで17位。6m27の記録を持つ大川にとってはやや低調であったが、初めての全国大会でよくやったと思う。この記録は4年前に同種目に出場した奥村の記録6m04を上回っている。奥村は3年生で6m50を跳び全日中に出場。後に東大阪大柏原に進んで、インターハイの三段跳びでは2年生で8位入賞を果たす大選手になっている。今大会のBクラス男子走り幅跳びのベスト8は6m28。大川にとっては不可能な数字ではなかった。萌にしても自分のベストタイムで走っていれば、3位に入り表彰台にあがれたのである。2人とも今回の悔しさをエネルギーに代えて、日本のてっぺんを目指して今まで以上に努力を重ねていきたい。

 今大会は大阪の選手が大活躍した。5種目に優勝、それ以外に12種目に入賞したのである。夏の全日中チャンピオンが今大会出場していないので、今年だけで7人の日本チャンピオンが生まれたことになる。(ファイナル種目のABC共通男子4×100mRで、ドラマチックな日本一を達成!実際には金メダリストが10人になる!!)全国的にみてもトップレベルの競技力を持つ大阪で、しのぎを削りながら日々戦えることはとても素晴らしいことである。その戦いの向こうには日本のてっぺんが見えるのだ。選手の持つ可能性を信じて、選手と顧問の二人三脚で夢に向かって邁進(まいしん)していく決意を強くした今大会となった。

 水曜日の真夜中に出て木曜日の早朝に横浜入り。大会終了後、また車に乗って大阪に着いたのが、日付が変わって深夜の1時過ぎ。長い長い遠征となったが、あっという間の出来事にも思えた。次は全国中学校駅伝出場が大きな目標となる。たくさんの大きな夢や目標を、たくさんの選手と共有できることはとても幸せなことである。陸上の神様と、これまで支えていただいた多くの人に心から感謝したい。