第37回全日本中学校陸上競技選手権

82023 鳥取 コカコーラウエストスポーツパーク)RESULTS



<共通女子100mJH

    予選3組  予選12組 各組1着+12人が準決勝進出

岡田 萌 14秒78(+0.1) 1着 準決勝進出

    準決勝1組 準決勝3組 各組2着+2人が決勝進出

       岡田 萌 15秒17(−0.6) 8着 準決勝敗退

 

先の近畿大会(8月8日・9日)の準決勝で14秒99の記録で敗退した岡田萌。「また(1台目のアプローチに)出遅れてしまいました。」と、レース後に涙した。「今のままでは(せっかく2年生で全国大会に行ったとしても)予選敗退になってしまう。ここは思い切って(失敗を恐れず)アプローチのやり方を変えてみよう。」と決断した。

 ハードルで全国へ行くレベルの選手は、スタートしてから13m先の1台目までを8歩で行くのが一般的である。萌も8歩であるが、どうしても1台目を越えるときにスピードに乗れないのだ。近畿大会でも8人の選手で1台目のハードルを越えるのが最後になっていた。4歩目、5歩目、6歩目あたりのスピードをあげるために、思い切って2歩目までの距離を大きくしてみたのだ。スタートラインから6足長の距離で2歩目がつくように、グランドでマーカーを置いて何度も練習した。思惑どおり、スピードがあがりハードルのアプローチが数段うまくいくようになった。

 

 20日(金)大阪駅7時37分発の「スーパー白兎(はくと)1号」で現地入り。10時12分に鳥取駅着。11時頃に市内にあるコカコーラウエストスポーツパーク陸上競技場に到着。大きなスタジアムではないが、過去に日本選手権も開かれた記録の出やすい競技場として有名である。

 1年生の秋にジュニアオリンピックで横浜の日産スタジアムの雰囲気を知っている岡田萌であるが、夏の全日中(全日本中学校陸上競技選手権)の雰囲気はまた格別で、全国各地から日本一を狙って集まって来たという臨場感がある。さっそくアップを終えて、メイン競技場でのアプローチ練習に取り組んだ。タータントラックで試すのは初めてであるが、例の6足長目のところに黄色のテープを貼ってから、スタブロをていねいにセット。クラウチングスタートの姿勢から、2歩目で黄色のテープを踏んで、1台目のアプローチ練習がきれいに決まった。緊張感の中、安堵の表情を浮かべる萌。それにしても暑い!大阪の暑さよりはマシなはずだと勝手に決めこんでいたが、大きな計算違いであった。この暑さは大会3日間も変わることなく、猛暑を通り越して酷暑との戦いにもなった。個人的に言えば、この暑さは1997年の高知県春野競技場のときの全日中以来の酷暑である。そういえば、あのときも女子ハードルの選手を連れてきたことを思い出した。

 

 大会2日目。勝負のときがやって来た。朝の7時30分に浜村温泉ビューホテルから出たマイクロバスに乗りこみ、途中でコンビニによってもらう手はずになっていた。わざわざ競技場近くのコンビニを避けて寄ったはずなのに、いろいろな都道府県のナンバーをつけた車がたくさん止まっていて、レジも大混雑であった。おにぎりやスポーツドリンク、氷がとぶように売れていく。

 8時10分過ぎに競技場に到着。11時頃にウォームアップを開始する。前日の調整練習のときと同様に、暑いサブトラックでの練習を避けて、バックスタンド裏にある雨天練習場を利用した。屋根のおかげで直射日光を避けることができたし、ハードルも用意してあって、混雑も少ないことがわかったので、2人で相談してサブトラックには行かない方がいいと決めていたのだ。

 アプローチ練習を徹底した。試合のときよりもほんの少しインターバル(ハードルとハードルの間の距離のこと)をつめることで、ピッチで刻むイメージを高めるのだ。13mの距離を10p弱つめて、インターバルの8mも20p弱つめるために、何度もハードルの位置をずらしながら、2人で阿吽(あうん)の呼吸で手際よくやりきった。イメージどおりのアップができた。「(準決勝進出には)各組の1着プラス12というきびしいが、自分のレーンに集中していくこと。」と、本人にアドバイスしたあと、選手招集場所に連れて行った。いつも以上に言葉少なの萌であるが、初めての全国大会。緊張しているのは無理もない。

 

 12時35分。女子100mH予選。全部で12組あり、萌は3組である。メインスタンドに陣取るが、直射日光が容赦なく照りつけて暑い!2組に岡田萌の好敵手であった咲くやこの花の安田選手が6台目あたりでリード足をひっかけて転倒、レースを棄権した。胸が締めつけられた。

 3組4レーンに萌。スタートリストを見ると、隣の5レーンの神奈川県の選手が14秒38のベストタイムを持っていて、頭ひとつ抜けている感がある。萌のベストタイム14秒76は、この組で3番目であるが、4番目が14秒79と僅差である。運命のピストルが鳴った。1台目のアプローチに注目したが、問題なくクリアしている。「よしっ!」と心の中で叫んだ。5台目あたりで5レーンの選手が転倒。萌は後半の走りに強いのが特徴で、スピードがぐんぐんあがり、8台目あたりでトップに立つと、そのまま1着でフィニッシュ。14秒78。追い風0.1m。ほぼ自己ベストどおりの走りを見せて、いとも簡単に準決勝進出を決めた。

   

 ベンチに帰って来た萌に確認すると、その組で一番速い持ちタイムの隣の選手が転倒したことに、本人はまったく気付いていなかった。それだけ、自分のレーンに集中していた証拠で、そのことが一番の勝因である。この種目で15秒00の標準記録を突破して、この大会に参加した人数は103人。その中で2年生は萌を入れて16人。そして、準決勝進出者24名の中に2年生が3人。昨年のジュニアオリンピックCクラス(中学1年)で日本一になった富山の選手は14秒82で予選敗退となっていた。

 

大会3日目。準決勝の競技開始時間は10時20分。決勝は13時である。したがって、萌のこの日の起床時間は5時。5時30分に宿舎のロビーで待ち合わせて、周辺を散歩。6時に朝食をとり、6時30分にあわただしくチェックアウトを済ませて、7時過ぎに競技場に到着。

 前日のミーティングで確認したとおりに、早く体を目覚めさせるために、さっそく1次アップを開始した。「何とか決勝に進めないものか。」頭の中で、いろいろな可能性を探る。準決勝のスタートリストを見ると、名前の知れた強豪選手がズラリとそろっていて、組の2着に入ることは不可能に近いと思ったが、プラスで拾われるには、逆に絶好の組だと信じこむことにした。何とか14秒5台で走れば、決勝進出の可能性が生まれる・・・。

 今にして思えば、まわりのことや条件を考えすぎたことで、自分の心の軸をブラしてしまったのだと思う。自分の選手の力を発揮させることだけにもっと集中すべきだったと思う。指導者の迷いや葛藤は、必ず選手に伝わるもので、自分の未熟さを恥じた。

2次アップは軽めにして、9時45分頃に選手招集所へ。セミファイナリスト24名が、緊張した面持ちでコールを受ける。萌は1組9レーン。隣の組で走る岐阜県の選手は予選で追い風参考記録ながら、14秒67で走っていて、おそらく今の2年生で一番強い選手かもしれない。その選手が萌を同じ2年生とわかっていて、萌と笑顔で言葉を交わす。その光景を見届けながら、メインスタンドに移動する。

10時20分。100mJH準決勝開始。この日も朝から気温がぐんぐん上がって、きびしい陽射しが容赦なく照りつける。2時30分から、NHK教育で生中継があるために、NHKのスタッフやカメラマンが、メインスタンドでカメラリハを繰り返していた。岡田萌が登場すると、バックスタンドに陣取った大阪選手団から「もえ〜」「おおさか〜」と大声援。

 決勝進出を賭けて、夢を乗せて、号砲が鳴る。9レーンに釘づけになったが、最初の1台目から大きく遅れてしまった。2歩目、3歩目でいつもよりも早く体が立ってしまったのだ。それでも後半からスピードに乗るいつもの萌の走り。かなりの追いこみを見せたが、最下位でフィニッシュ。向かい風0.6mで15秒17.記録的にも悔いの残る走りで、準決勝敗退が決まった。

 ベンチに帰って来た萌が「すごく緊張した。1台目のハードルが遠く感じた。」と、言葉少なに答える。13時開始の100mJHの決勝は、2人で観戦した。優勝タイムは13秒98.ファイナリストの半分の4人が近畿勢で、しかも優勝、3位、5位同着が2人と近畿のレベルの高さを物語る。悔しさを次なる夢に立ち向かうエネルギーに変えて、来年の奈良全中では必ずハードルのファイナリストに!そして、夢の頂点へ。その決意を再確認した鳥取大会となりました。

                                                   

 酷暑の4日間の大会(前日の開会式を含む)で、実に日本中学新記録が4つ。さらには、大会新記録が3つ、最近の中学陸上のめざましい進歩を象徴するような記録ラッシュの大会となりました。日本中学新記録は男子100mが10秒64、200mは21秒18、女子100mが11秒61、200mは24秒12という記録はひと昔前なら、日本のトップレベルの記録のイメージになる。大阪も男子砲丸投げで大会新記録で優勝、男子800mも優勝、男子3000mで5位、女子砲丸投げで2位と8位、女子リレーが4位、女子走り高跳びで4位と7位、女子ハードルで5位と、総計優勝2つ、入賞7つとその実力を証明してみせた。あっという間の濃密な4日間となったが、ここで特に印象に残った出来事を2つ紹介する。

 ひとつめはリレーの準決勝のレースが終わった直後のこと。電光掲示板に決勝進出のプラス2チームが発表された。大阪の咲くやこの花中、そして8番目に岐阜の多治見中の文字が映し出された。多治見中は毎年全国大会に顔を出す常連校である。ちょうど、多治見中学のベンチの前を通りかかった時に、決勝進出を知ったリレーメンバーが抱き合いながら泣いていた。「私たち、決勝走らせてもらえるんよ・・・。」号泣する彼女たちの姿を見て、目頭が熱くなった。

 自身、リレーチームを全国に引き連れること4回。すべて準決勝の壁に阻止されている。その思いはよくわかる。そして、大会最終日のファイナル種目。4×100mR決勝。一番記録の出にくいインの2レーンに多治見が登場。3レーンに咲くやこの花。東雲としのぎを削った大阪のチームをめいっぱい応援していたのだが、この咲くやこの花にわずかに先着したのが多治見で何と3位入賞したのである。陸上の神様さえも味方にしてしまう彼女たちの執念と、これまでのきびしい練習に立ち向かってきた努力を思いやった。

 ふたつめに、閉会式が終わってごみ集積場にごみを持って行ったとき。満面笑顔で「お疲れ様でした。」と、元気な声で対応してくれた補助員。この炎天下の中、朝は7時前から、夕方は7時頃まで自分の任された仕事を精力的にこなしていた中学生の動きを見るにつけ、この大会の成功を陰でささえた立役者であると実感した。失礼ながら、鳥取県の人口は日本で一番少なく58万人。中学生の数も少なく、鳥取県全域から多くの補助員を集めるのは、さぞかし大変だったことでしょう。真っ黒に日焼けしながらも、陸上が大好きで、その仕事に誇りを持ってやりきるその姿に感動した。こちらも「お世話になりました。」と声をかけると、大会役員の人もわざわざこちらまで来て、深々と頭を下げてくださった。「ありがとうございました。」暑さの中、すがすがしい風が吹き抜けた。

 このたびの全国大会出場に際して、たくさんのご支援や応援をいただきましたことに御礼申し上げます。今後も夢に向かって輝いて努力できる部活動を目指して、顧問一同精進していきたいと思っています。よろしくお願いします。     

 陸上競技部顧問一同