第38回全日本中学校陸上競技選手権大会

(8/19〜22 奈良 鴻ノ池)RESULTS

   男子走り幅跳び 大川 亮 6m20(−0.7)

   女子100mJH 岡田 萌 15秒03(+0.3)

   女子4×100mR(立石・岡田・大泉・西尾)50秒58

 <準決勝>(立石・岡田・山本祐・西尾)50秒10

 全国大会には魔物が()んでいる!?

 女子リレーチーム悲願の決勝進出ならず!!



  
いざ全国へ

19日(金)朝の7時に阪急茨木市駅に集合。3年生の岡田、大泉、2年生の西尾、立石、福島、金子、1年生の山本祐莉の7人が勢揃い。7人とも元気そうな顔つきでほっとした。朝の8時30分過ぎに鴻ノ池陸上競技場の前にあるユースホステルで荷物をあずけ、すぐに競技場に直行。

大阪選手団のテント設営を手伝い、9時30分頃からアップを開始しようとしたところから、空模様があやしくなってきた。立石、岡田、大泉、西尾の4人と、福島、山本祐莉、金子の3人に分かれてバトンジョッグ。雨が降り出してきたので、テントの中で体操を始めるときに祐莉が「先生、日本橋の駅で階段を降りるときに足首をぐねりました。足が痛いです。」と言い出した。「全国大会の出発の日に足を踏み外してケガをするような選手は聞いたことがない。心の緩みから来る不注意だ。この全国の舞台に立つ資格はない。」と、言い切るとたまらず祐莉は泣き出した。祐莉はまだ1年生。直前の鉢伏合宿でも、ハードな練習でケガをさせてはいけないと練習量のさじ加減をしながら見守ってきたのだ。1年生で全国大会に来ること自体が稀(まれ)なことで、まだまだ全国大会の意味もリレーチームの重みもよくわかっていないかも知れない。それでも、心を鬼にして、これらの意味も重みもしっかり教えなければならないと思い、言い切ったのだ。2年後には全国で勝負できるような選手になることを強く願いながら・・・。

土砂降りの大雨になった。祐莉はひとりテントの中で体幹補強。6人の選手はノーマークで足合せ練習。速いスピード刺激をこの日にどうしても入れておきたかったのだ。実は不安要素がもうひとつあった。10日から13日までの鉢伏合宿の練習で岡田がくるぶしをひと針縫うケガをした。大事には至らなかったのが幸いであったが、合宿の2日目から4日間安静にしなければならず、予定していた祐莉との足合せができずに終わってしまった。現地でその埋め合わせをしようと思った矢先に、今度は祐莉がケガをするという悪循環。自分の心の中のイヤなイメージを振り払って、今できることにベストを尽くすことに集中した。

 昼から雨があがった。大阪選手団の代表として開会式に参加するために、午後1時過ぎに奈良県文化会館国際ホールに移動した。今回、全国大会に連れてきた選手は大会初日に坂田先生と現地入りする大川を入れて8人。たくさんの人数で遠征に行くとその楽しさも倍増する。食事のときも、移動のときも楽しそうな笑顔の選手たち。このときも待合の時間を利用して、すぐ近くの公園にいる鹿を見に行ったり、業者にチーム全員で記念写真を撮ってもらったり。

続く開会式でも、もちろん初めての体験になる。(3年の岡田は咋年度に続き2年連続の全国大会出場になるが、開会式に出席するのは初めてである。)「リラックスするときは、おおいに楽しめばいいが、(集中モードに入る)スイッチの切り替えだけはきちんとすること。ここに来たのは勝負するために来たのであって、大阪で勝ったことのご褒美旅行ではない。」と、選手に何度も言い聞かしていた。


  大会1日目の競技

 大会初日15時25分。女子4×100mR予選。47都道府県大会を勝ち抜いた代表1チームと、開催地枠(奈良県)の1チーム。計48チームが6組に分かれる。各組の3着までが自動的に準決勝進出。さらに4着以降でタイム上位6チームも準決勝進出となる。

その2組6レーンに東雲が登場。大阪中学選手権の決勝のときと同じ6レーン。とても縁起がいいと感じられた。3レーンの岐阜池田と8レーンの奈良式下(しきげ)が49秒台の記録を持つ。第1曲走路外側のサイドスタンドの大阪テントから「しののめ〜」のコールがかかる。自分は近畿大会のときと同じで、メインスタンドの100mゴール付近で見守った。スタブロをセットする第1走者の立石を見守りながら、この大舞台に立つまでの険しい道のりが思い出された。自身5度目の全国大会リレー出場となるが、何度経験しても胸がはりさけそうになる。実際に走るのは選手である理屈は百も承知しているが、スタンドにいる自分はもうあの娘たちに何もしてやることができないという無力感でいっぱいになる。天に祈るだけの自分がうらめしい。

「セット(用意)!」スターターの乾いた声。ピストルの閃光とともに、郷土の誇りを胸に8人の走者がいっせいに飛び出した。立石がいつもどおりのダイナミックな走りを見せた。ほぼ先頭でテイクオーバーゾーンに向かっていく。第2走者の岡田萌が勢いよく飛び出したが、少し飛び出すのが速く感じた。立石のバトンが届かず、萌はテイクオーバーゾーンの出口ぎりぎりで立ち止まってバトンをもらい、そこから萌はバックストレートを走り出した。「オーバーゾーンで失格?」という不安がよぎったが、監察審判の動きでセーフであることがわかった。

あっという間にバトンは第3走者の大泉萌に渡る。1、2走間のトラブルを見ているにもかかわらず、萌やんは決して心を乱すことなく、タイミング良く飛び出していつもどおりの走りを見せた。バトンのトラブルがあると、連鎖反応で次の区間もトラブルを起こすことがよくあるもので、そういう意味において冷静さを失わなかった萌やんは立派であった。第4走者の西尾にバトンが渡ったときは、順位的には中盤あたりか。西尾はバトンをもらうといつもどおりの伸びやかな走りで前の走者を抜いていく。

2着でフィニッシュ。50秒58の記録はチームのベスト記録48秒84からするとかなり見劣りするものの、組にも恵まれたこともあって準決勝進出をあっさり決めた。全国大会の大舞台でバトンが止まっても予選を通過するのだから、4人の選手の走りに心の中で舌を巻いた。それにしても4月からバトンワークはノーミスであっただけに、この大事なときにこんなミスをするなんて・・・。やはり全国大会には魔物が棲んでいるのだと思った。東雲を応援してくれる強化部の先生が「魔物が棲んでいる全国大会で、魔物に食われそうになってもしっかり準決勝に残っているんだから、東雲はやっぱり強いですよ。」と、慰めてくださった。失敗を悔やまず、今は明日の準決勝突破に向かって全力を尽くすことが何よりも大切だと自分に何度も言い聞かせた。

 大きな決断を下さなければならない夜を迎えた。この日がやってくることは、自分でも覚悟はしていたのだが、かなり勇気がいることであった。東雲共通女子リレーチームのオーダーは不動である。1走から2年生の立石万貴、3年生の岡田萌、3年生の大泉萌、2年生の西尾香穂である。100mの自己ベストは西尾が12秒7台、岡田と立石が13秒0台、そして大泉が13秒3台。ところがさらに贅沢(ぜいたく)な悩みを抱えている。1年生の山本祐莉が4月から100m13秒台前半を連発。7月の通信大会ではその記録を12秒81まで伸ばしていたのだ。共通リレーには学年に関係なくチームの最強メンバーで組むのが原則である。とりわけ、通信大会で咲くやこの花に予選、決勝と僅差で連敗したときは「100m持ちタイム上位のスーパー1年生を使わずして、(負けてしまって)全国大会に出場できなければ元も子もない。」という考えが頭の中を駆け巡った。実際に「次の選手権では東雲は切り札を使ってくるだろう。」他校の多くの先生も感じていたはずだ。

通信大会で咲くやこの花に負けた晩に考えて考え抜いた末に結論を出した。オーダーを変えずに、今のメンバーの力を信じて戦い全国切符を勝ち取ると決めたのだ。萌やんはリレーのときは100mの持ちタイム以上の力を発揮するし、さらには萌やんがリレーチームの精神的支柱であることも高く評価していた。6月末の大阪選手権で今シーズン日本中学ランキング2位の48秒84の記録を出した底力もあるのだ。何ら臆することなく、堂々と戦いきり近畿、全国の大舞台で萌やんが走ることを実現してやるという意地があったのだ。さらにもうひとつの葛藤があった。全国大会に出場することが、今の東雲リレーチームの目標ではなく、全国で優勝すること、つまりは日本一になることを強く意識していたのだ。陸上専門誌では48秒台のベスト記録を持つ兵庫井吹台、静岡浜松天竜と並んで東雲が3強の一角である評価を受けている。そのためには、ある程度のリスクを背負うことがあっても賭けに出る必要があったのだ。総合的に判断して、準決勝は萌やんが控えにまわり、3走に1年生の山本祐莉を起用する決断をしたのである。

 夕食後のミーティングにはかなりの時間を費やした。メンバー変更を告げたときには、メンバー全員が息を呑みこんだように感じた。萌やんは表情ひとつ変えずにこの事実を真正面に受け止めていた。こんなとき、涙をひと滴(しずく)流したとしても不思議はない。自分の思いよりも上にチームを思う気持ちが強いために、彼女は凛(りん)として微動だにしなかった。つくづく立派な選手であると感じた。実際に彼女はこのミーティング後も何ひとつ愚痴めいたことはいっさい言わなかったし、それを感じさせる行動もまったくなかった。3年生がひとりになり、2年生ふたり、1年生ひとりの若いチームのために裏方に徹してくれた。

 ミーティングのあとに、祐莉をひとりだけ残してこれまでの東雲のリレーのことや、全国の大舞台で代わりに走ることの意味、バトンを託された重みについて、ていねいに彼女に話をした。もちろん、真顔である。自然にぽろぽろと涙を流し始めた。1年生にとっては無理のない話である。彼女も必死で現実を受け止めようとしているのだ。過度のプレッシャーを与えるつもりはないので、最後に祐莉の瞳を見つめながら言った。「万が一、祐莉のところでバトンが失敗しても、それは祐莉の責任ではない。選手起用した先生の責任になる。失敗を恐れず、祐莉らしく堂々と走りなさい。」祐莉は目に涙を溜めながら「はい」と力強く返事をした。

バトンミスしながらも準決勝進出を果たして、笑顔の東雲の7人のリレーメンバー。予選終了後、業者のカメラマンにユニフォーム姿で撮影してもらう。ひとさし指を立てて、日本のてっぺんを狙う意気込みを見せる。




  大会2日目

 勝負の大会2日目を迎えた。朝5時30分に起床し、7時には競技場でアップを開始。3走に山本祐莉を入れたオーダーで丹念に足合せをおこなう。現地入りの朝にねんざをした右足首には凛んぐの小西トレーナーが施したテーピングが巻かれている。同じ宿舎に宿泊しているので1日2〜3回のペースで整体をしてもらっていることもあって順調に回復している。「大丈夫です。痛くないです。」と、祐莉はダッシュを繰り返す。

リレー練習が終わってすぐに、岡田のハードル練習。何度もアプローチを練習させた。近畿大会のときはリード足に重心がのらず、抜き足もやや遠回りしていた悪い状態であったが、ある程度修正できていると思った。ただ、合宿中のケガで空白の4日間があったために、未知数の部分があることは否定できなかった。昨日、坂田先生といっしょに現地入りした大川は、サブトラックで調整練習。あわただしく午前中の時間が過ぎていった。

 12時35分。100mJH予選。今年から参加標準記録が14秒85まで上がったために、例年よりも組数が少なくなって戦いやすくなった印象を受けた。全部で7組。各組の3着までとさらに4着以降のタイム上位者3名が準決勝進出となる。岡田萌は7組7レーン。咋年度ジュニアオリンピックチャンピオンの兵庫宝殿の長谷川が2レーンで14秒37の記録を持っている。岡田の持ちタイムは14秒62である。順当に3着までに入りたい。岡田は咋年2年生ながら予選を1着で通過して準決勝に進出しているだけに、準決勝進出は最低条件となる。

 スターターのピストルが鳴った。注目の1台目のアプローチ。トップではなかったが、まずまずのスピードで飛び越えていった。岡田の持ち味は後半にぐんとスピードがあがるところ。さあ、これからという5台目のところでインターバルがつまってしまいブレーキがかかってしまったのだ。体が軽すぎたのかも知れない。そのまま順位をあげることができずに5着でフィニッシュ。記録は15秒03。予選敗退が決まった。信じられない結果に顔を覆う岡田。またしても、全国の魔物にしてやられたのかも知れない。(後日談となるが、この6日後の三島大会で岡田は14秒49の自己ベストを出している。「たら」「れば」の話は余計になるが、自分の指導力の未熟さを噛みしめた。)

涙はまだまだ残っているものの、悲しんでばかりはいられない。リレーの準決勝に向けて3時過ぎにサブトラックへ向かった。3組24チームがたった8枚のファイナル切符をめぐり激突するのだ。サブトラック場はピリッとした独特の雰囲気になる。どんな強いチームでも準決勝の戦いが一番むずかしくなることは全国を知る指導者なら誰でもよく知っていることである。

 16時20分。女子4×100mR準決勝。東雲は2組6レーンに登場。7レーンにはランキングトップの48秒80の記録を持つ兵庫井吹台。万博ユース、近畿大会とあわせて4回目の因縁の対決となる。4レーンの熊本本渡(ほんど)も予選からキレのある走りを見せており力のあるチーム。同じ宿舎の新潟小針が隣の6レーンで予選から安定した走りを見せていて手強い。

大阪テントからも「しののめ〜」の大声援。胸がはりさけそうになるとはまさにこの一瞬のことで、メインスタンド中央で見守る自分はまたも孤立感にうろたえている。クラウチングスタートの姿勢をとる立石の背中を見守る。

 運命の号砲が鳴った。勢い良く飛び出す立石。いつもどおりの走りである。第2走者の岡田萌へのバトンパス。昨日のトラウマを振り払うように萌の左手にしっかりとバトンが収まる。萌が走る。夢に向かって突き進む。他チームのエースが萌に容赦なく襲いかかるが、萌も自分の走りを崩さない。

第3コーナーのブルーゾーンで待ち受ける山本祐莉がほんの一瞬早く飛び出した。祐莉の加速に萌が追いつけない。テイクオーバーゾーン手前で祐莉が減速しバトンをもらい、祐莉はそこから第2曲走路を駆け抜けるが、その隙を全国の強豪チームは見逃すはずもない。あっという間に第4走者の西尾をのみこんでしまって、西尾が持ち前のスピードでホームストレートを駆け抜けるが、5着でフィニッシュ。

50秒10のタイムで準決勝敗退が決まってしまった。しばらくは現実を受け止めるのに時間がかかったのか言葉少なであったが、そのあとは涙を流す選手たち。号泣する祐莉。肩を落としながら、7人の選手は競技が終了して誰もいなくなった競技場のブルートラックを見つめていた。

 2日目の晩のミーティングにもかなり時間をかけた。振り返りをしっかりすることは、選手だけでなく自分自身にも必要不可欠なことである。東雲女子リレーチームは若い。ひょっとしたら、来年のチームの方がもっと強くなるのではないかと思えるくらいの力がある。今の1・2年生に限っても12秒台が2人、13秒0台が1人、13秒5〜6台に2人いる状況である。全国の借りは全国でしか返せない。どんな時でも平常心を失わないしたたかな精神力を身につけさて、来年の千葉全中でもう一度日本一にチャレンジする不退転の決意である。


  大会3日目

 大会3日目。朝の7時に競技場が開門してすぐに東雲中女子リレーチームの来年の千葉全中に向けての練習が始まった。彼女たちの大きな声が競技場の中で響き渡る。きびきびとした動きはひときわ目についた。自分はそのようすをあえて近くではなくスタンドで見つめていた。そう言えば、昨日のアップのときはどこかよそよそしかった。「今朝のような動きができていれば・・・。」自分の指導の甘さを改めて恥じた。

 朝9時前に東雲応援バスツアーの選手たちがやってきた。わずか3日間しか離れていないのに、自分の選手たちの顔を見て妙に懐かしかった。9時30分競技開始。男子走り幅跳び予選。東雲の最後の砦(とりで)として、予選2組の第12跳躍者に大川が登場する。走り幅跳びピット前のメインスタンドには大勢の人が集まっていて、東雲の応援団はいくつかのグループに分かれて大川の動きを見守った。

大川の1回目。意を決して、助走をスタート。力強く踏み切って大川の体が大きく放たれる。着地をすると砂が飛び散った。それを見届けると審判は白旗をさっとあげた。この場面が目に焼き付いている。1回目がファウルでなかったことに、正直胸を撫で下ろした。やがて、大川の1回目の記録が6m20と表示された。先の近畿大会で6m58の記録で、2位で表彰台にあがっていた大川にとっては平凡な記録となる。それでも記録が残ったことは大きなプラス材料となるはずだ。

フィールド種目の予選は3回しか試技がない。どんな有力選手でも1回目がファウルとなると、あせりが生じるものである。大きな大会になればなるほど、その傾向が強く1,2組あわせて53人の選手が出場しているが、案の定1回目から予選通過記録6m75を超えるものはひとりもいなかった。試技を待つあいだも独特の時間が流れていく。大阪から、この種目に出場しているのが大川を含めて4人。西陵の辻本は市民大会、三島地区大会でもいつも競り合っている好敵手で仲もいい。ひと言、ふた言、2人で言葉を交わすことができることは、互いにとっても心強かったことでしょう。

 大川の2回目の跳躍。ここではファウルを恐れず攻めの跳躍をしたい。予選通過記録6m75を跳べなくても、6m60くらい跳べば、決勝進出の12名に入ることが予想できていた。2回目も白旗が上がったが、動きがやや固くなった印象があり、6m12の記録にとどまった。これで後がなくなった。3回目の跳躍で助走路に立った大川は大きく息をした。とにかく攻めきりたい。勢い良く走り出す。踏み切り板10mくらい手前でちょこちょこと足を合わせにいって、そのまま踏み切ることができずに、砂場まで走り抜けてしまった。当然のように赤旗があがり、大川の予選敗退が決まった。

 近畿大会で優勝した奈良県の選手も予選敗退。そんな中、西陵の辻本は見事に決勝進出を果たし、決勝でも6m80の大記録で2位になった。近畿大会予選ラウンド敗退の悔しさを見事に晴らしたのだ。立派である。勝負はいつも紙一重ではあるが、負けには負けの理由が必ずある。大川には今回の経験を生かして、高校でもさらに成長して全国で戦える選手になってくれることを心から願っています。

 

 3日目の最終日は大阪勢の活躍が目立っていた。女子の走り高跳びと1500mで優勝。辻本の走り幅跳びが2位。女子の砲丸投げも2位、そして女子100mでも3位入賞を果たしている。これで最終日のファイナル種目のリレーの決勝で東雲と男子の咲くやこの花が残っていたら、これ以上ない盛り上がりを見せただろうにと思った。(男子リレーの優勝候補筆頭の咲くやこの花も、まさかの準決勝敗退となっていた。)1500m決勝が終わって、大阪ベンチの後片付けが始まった。こんなときも萌やんは、真っ先にテントの支柱を持っててきぱきと後片付けができる選手である。もちろん、他の東雲のリレーメンバーも手際良く手伝っていた。

15時30分。女子4×100mR決勝が始まる時間となった。後片付けはまだ完全には終わっていなかったが、7人のメンバーといっしょにサイドスタンドで並んで座って観戦することにした。近畿大会の決勝でともに戦った兵庫井吹台や滋賀の田上(たなかみ)が決勝に残っている。レーン紹介のときには、カメラとそのコードを持つテレビクルーが第1走者に近づいて撮影している。このときに平常心で走る中学生はやっぱりすごいと思った。

白熱のレースの中、優勝したのは岡山県の吉備中学。大会までの持ちタイムが49秒79.ラウンドごとに力をつけてその優勝記録がチーム新記録の48秒97であった。いろいろな思いが頭の中を駆け巡った。審判に促されて、ゴール付近に集まる吉備の4人の選手たち。NHKのアナウンサーによる優勝インタビューも始まった。7人の選手は押し黙ったままである。隣に座っていた萌やんが「なぜ(わたしたちは)大舞台で走れなかったんだろう」とつぶやくと、涙をぽろぽろと流し出した。彼女はこの最終日のリレーの決勝が終わるまでずっと戦っていたのだ。決勝レースが終わって、はじめて意地でつっかえ棒していた思いが開放されたのではないか。その萌やんを見たら自分も我慢ができなくて、ブルートラックのラインがかすんで仕方なかった。


  明日への思い

 東雲リレーチームのバトンには終わりがない。萌や萌やんの思いもバトンにのせて、来年のリレーチームが果たせなかった夢に向かってきっと力強く受け継いでいくことでしょう。来年の千葉全中では喜びでいっぱいの感動の涙を流させたい。決して簡単ではないことは百も承知している。自分も選手も夢に関しては妥協することなく正直でありたいし、そのために努力を惜しまず、覚悟して日々前に進んでいきたい。夢輝く日を信じて、再スタートを決意する大会最終日となった。